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すがすがしい空気に包まれた午前9時。山梨県のコンサートホールでは、スタインウェイの甲高いピアノ調律の音が鳴り響く。朝方4時に東京を出発した当社のチーフコンサートチューナー古屋は、1年前にアーティストより直接依頼を受けたレコーディングの調律に、白根桃源文化会館へ向かった。
「今回のレコーディングは、必ず成功させたい。前回、僕のレコードをフランスの師匠まで送ったら酷評されてしまった。”なんてものを創るんだ”とね。だから今回は、本当の意味で成功しなければならない。その成功の為に、今回は君を調律師として使いたい。時期は来年の6月、約一年後のスケジュールで物を考えている」。
アーティストからは、切実な思いで声が掛かった。調律師への期待も大きい事が伺える。
白根桃源文化会館は、国内のレコード会社ならば一度は必ず使用する、レーコーディングにおいては、スポット的なコンサートホールである。
調律終了直前に、アーティストが到着する。勿論お互い顔見知りであり、硬い握手を交わし、今回のレコーディングにおける成功を祈る。日程は3日間を予定しており、1日目の午前中一杯を使用して、アーティストが弾いては意見を聞き、何度も何度もピアノに再調整を施す。ピアニシモ、フォルテシモ、レガート、シュピラート、スタッカート、トリル、トレモロ、和音、音階、音程、音律、音量、音圧、音色、あらゆるピアノの要素がチェックされ、調律師の感性も極限まで研ぎ澄まされる。ピアノもそれに負けじとポテンシャルを上げ始め、アーティストの要求に応えるだけの能力を発揮し始める。最終的なセッティングがマッチしたとき、ピアノはアーティストの体の一部となる。
午後2時、レコーディングエンジニアが到着する頃には、大方の調整は出来上がっており、マイク位置を決めるためテスト的に音採りが始まる。テストの段階から、音源には実践的なピアノ音楽が刻まれ、「これならば行ける」とモニタールームで録音を確認するスタッフは喜びで満ちていた。
録音機材のセッティング中、アーティストと調律師の間では、こんな会話が交わされていた。「とにかく良い録音にしたいとの願望は第1だが、良い音楽にするには僕(アーティスト)が楽しくなくてはいけない。弾いていて、楽しいと思えるピアノが良い音楽を産むんだ」。弾いていて楽しいと感じるピアノをアーティストから求められる事は多い。確かにアーティストにとっては、仕事ではあるのだが、楽しむ心がそのままクリエイトされるため、メンタル的充実感は非常に大切である。
では、アーティストから求められた”弾いていて楽しくなるピアノ”とは、どういう形でもたらされるのか?表現力なのか、弾き心地なのか?そんなものは午前中の調整段階で既に手を入れ尽くしており、今更考えるような段階には無い。朝9時から午後2時まで一度の休憩も無く、約6時間もの間、集中しっ放しで調整を施したのだから。しかも「弾いていて楽しいピアノ」とは、何とも表現が難しく、何を指標にピアノの調整を創作すれば良いのか曖昧である。しかし、こういう時こそが、わたしたちの最も情熱を感じる瞬間であり、正に自らの理解能力と応用力が求められ、更には能力に磨きを掛ける事もできる要求である。様々に話し合った結果、調律の手法に変化を与える事で意見がまとまり、30分で音程に大きく落差を付けた。また、低音から高音まで横一線の同音色をやめ、パートごとに音色を色分けし、それぞれの音程がそれぞれの楽器を表現するかのような、オーケストレイションの要素をピアノに与えた。
再度の試奏でアーティストとのマッチングは高いレベルで感じられ、「これならば楽しいかもしれない」との意見がもらえ、3日間のレコーディングはスタートした。全てのレコーディングに調律師は立会い、無事その全日程を終えた。その間も様々な要求を受け、その度に新たなる音色への挑戦を繰り返した。

弾いていて楽しくなるピアノ。それは普通のピアノを越える存在を求めることである。わたしたちは、設立当初より普通のピアノを市場へ供給する事を頑なに拒んできた。それはチューンナッパーとして当然のことであるとともに、市場が普通のピアノや技術力をわたしたちに許さなかったとも言えるであろう。スタインウェイやヤマハをはじめ、世界の一流メーカーが製作してくるピアノは、確かにそのままの状態であっても様々な意味から最高品質と言える。しかし、著名量産メーカーであるが故、どうしても出来ない事が発生する。完成度は高くてもビジネス的観点や利益率の問題もあり、あらゆる面で冒険を犯す事は出来ず、より平均点を追い求める事になる。余りに飛び抜けたことや、チャレンジは大手であればあるほど極力避ける。それは当然の事であるし、どの分野であれ見受けられる傾向である。
そこでアーティストピアノサービスの出番である。わたしたちは、普通を許さないカスタマー(ピアノ所有者)やアーティストから、多数の声を吸い上げて独自のテクノロジーを開発し続けた。新しい発想と技術を存分に盛り込んだアーティストピアノサービスのカスタマイズは、スタート時点からはるかに「普通」を超えた存在だった。そして普通ではないだけに、心配の声がなかったわけではない。しかし、わたしたちはその強烈な個性に拘り続け、カスタマイズの世界を繰り広げ、アーティストたちとの協力関係を維持し続けた。
「野茂やイチローも、十分に個性的だった。当初は随分と変わったフォームで、それを普通ではないと定義付ける人も多かった。しかし彼らの個性は、はるかに普通を超越して、目覚しい活躍を続けている」。
アーティストピアノサービスの技術は、そのレベルの高さだけではなく、何よりもアーティストとの接点から産み出される哲学に集約される。発案され、採用する技術の一つ一つは、全てカスタマーからの切なる要求があるが故に開発されたものである。特殊なパーツを取り付けることもあれば、単に手作業のみのカスタマイズもありえる。あらゆる視点から、弾き手とピアノの愛称を考慮し、必要な要素を読み取り、長所をよりハイパフォーマンスへ、短所を削除の方向性へと導く。
アーティストピアノサービスらしさを貫き、無限の夢を乗せて開発を続けてきた技術は、今多くのアーティストやカスタマーに支えられ、数々のフィールドで力強く羽ばたいている。
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